なんちゃってWEBデザイナーだったり、エセ主婦だったりする「あこまる」のあれこれ。
大阪地方協力本部 女性防衛モニター12期生(2011年度)として活動しました。
これからも「乗りミリ」「話しミリ」として、自衛隊好きはやめられませーん!
投稿日 : 2012.01.17
カテゴリー : 日々雑感

あれから17年、ですか


当時は、昼も(某専門学校講師として) 夜も(某飲み屋のお姉ちゃんとして)働いてました。
家庭の事情でお金が必要だったってのもあるけど
基本的に働くことが楽しかったんだなー 当時。
お昼の仕事は17日が特別休暇、夜の仕事は16日が祝日で休みだったせいで
16日の朝から17日の夜まで めずらしくガッツリ休み。
だからたまにはパーっとはじけて飲みに行くぜー! てなこと言って
三宮で朝まで飲みあかす、なんてバカやってなければ、アタシはここにおりません。

三宮で飲んだくれて、酔いもさめはじめた朝5時半
友達の経営するバーで、悪友2人と「そろそろ朝ごはんでも食べて帰ろっかー」
なんて話をしているときに、あの瞬間はやってきました。
3時過ぎぐらいからはノンアルコールで過ごしていたので
酔いが覚めていて、しっかり記憶があります。
何か遠いところから、とてつもなく大きなものが地を這うようにやってきて
アタシたちのいる足元を通った!と思った瞬間に
いわゆる「縦揺れ」とよばれる 激しい突き上げがやってきてふっとばされ
たてつづけに脳みその中まで混ぜられるような
今までに感じたことのない横揺れがやってきて、何がなんだかわからない状態でした。

おさまった頃には、なぜか3メートルほど後ろにあったトイレに叩きつけられていて
狭いトイレの中であちこち体中をぶつけて、どこもかしこも痛かったことを今でも覚えてます。
頭もしこたま打っていて、くらくらするわ 額から血は流れるわで ふらふらでした。
ちなみに数日後、背中一面だったり腕だったり 体中に青あざが浮きあがりました。

ふらふらするもののトイレから出たら、一緒にいた友達の1人は
グラスを手に持って飛ばされたせいで手を切ったようで びっくりするぐらい血が流れてました。

もう1人の友達は、観葉植物の鉢で頭を打ったらしく
頭を抱えたまま orz みたいな体勢でへたりこんでいました。

お店の経営者の友達は、カウンターに並んだ酒瓶が全て落ちてきたようで
アルコール類でびしょびしょになっていました。
ただ、たまたま運がよく 着ていたパーカーがクッションになって怪我はありませんでした。

外へ出ると、倒壊した建物からの粉塵で 視界一面が真っ白。
非常ベルは鳴り響き、どこかから盛大に水が漏れる音がしてました。
おそるおそる外へ出て、5階にあったお店からビルの外へ。
最初はビルだけでガス爆発か?なんて思っていましたが、外はもっとひどい有様でした。

もう少し広い場所へ、と 倒れかけているビルの間を抜けて大きめの道(生田新道)に出てみたら
もっともっとひどい光景が広がっていました。
近くのサウナからは薄着で出てくる宿泊客の姿も。
サウナからのお客さんはガウンや寝巻姿のうえに靴も履いていないので
これが現実なのかどうか、よくわからなくなる感じだったのは まるで昨日のことのよう。

広い場所へ!と生田神社に向かうも、生田神社も屋根がつぶれてぺっちゃんこ。
その頃には警察が拡声器で「山手の○○小学校へ避難してくださーい!」と案内していたので
それに従って小学校へ。そこではじめて「神戸で地震 震度7」のラジオを聞き
自分の身に起こったことがなんなのかを知りました。

夜になって、当時の自宅へ戻ってみたら マンションは真ん中から曲がって倒壊していました。
アタシの部屋だった場所には、空間しかありませんでした。
ということは… 家で寝てたら 間違いなく今アタシはここにいません。

当時付き合ってた男性は、自宅で被災しました。
住んでいたアパートの1階の台所にいたそうですが、屋根が落ちて崩落
その下敷きになったのですが、たまたまできた冷蔵庫と食器棚のすきまに挟まって
ほとんど怪我なく救出されました。40時間ぐらい埋まってましたが。
人間、40時間も狭い所に閉じ込められると筋肉が固まってしまうらしく
そのまま病院に運ばれた彼は、1週間ほど自力で歩くことができませんでした。
同じアパートで亡くなった方もたくさんいる中で、奇跡と呼んでもおかしくないかもしれません。

去年の東北の震災でも思ったけど、人の生死をわけるのは 何が決め手なんだろう?
亡くなられた方とそのご家族には申し訳ないけれど
髪の毛1本分ぐらいの「運」としか言いようがない気がするんです。
「運」で片付けてしまうには、あまりにも残酷なんですが そうとしか納得する方法がない。
ほんの少し何かが違っていれば、アタシはこの世にいないし
アタシがこの世にいなくなっていれば、少なくとも周りの人の生活は
今とは全く違う形になっていたはず。

アタシがこの世に生き残ったことは、なんかの意味があるのか?
アタシはこの世に生き残るだけの価値がある人間なのか?
せっかく95.01.17に生き残ったのに、無駄に生きてるんじゃないのか?

毎年この日になると、そんなことばかり考えます。
あの日に亡くなった友達のことを思い出すと
今もはっきりと思いだせるような でももう声は忘れちゃったなーと思うような。

1月17日は、私にとってお誕生日です。
でもいつも思うのは、この日は私だけじゃなく 色んな人にとって特別な日だということ。
そしてそれを忘れないで生きていかなくちゃいけないということ。

宮城の方も福島の方も茨城の方も千葉の方も
憐れんでほしい かわいそうと思ってほしいなんて思っていないと思う。
ただ、忘れられるのはイヤだ、それはみんながそう思ってるはず。
だって、アタシは「神戸」に対して、そう思ってるから。

被災地以外の場所に住んでいる人間にできることは
募金でも献血でもない、ただひとつ「忘れないでいる」ことだと思ってます。
被災地の方、また被災地に縁のある方、間違ってたらごめんなさい。

今年もまたひとつ歳をとります。
でも、誕生日と一緒に 毎年あの日のことを思い出せるから
アタシは幸せ者だと思います。

そうそう、当時の写真なんてないのかしらー なんて悪趣味な検索してたら
すんごい近い場所を発見しました。
アタシが「あの瞬間」にいたのは、この辺りです。
んで、地図であらわすと ここです。写真の東急ハンズと見比べて
地図を90°回転させればわかりやすいかと。
生き残れて良かったなぁ。避難所生活も、それはそれで楽しかったなぁ。
生き残れたからこそ、あの人やあの人にも出会えたし
あんなことやこんなことも経験できたなぁ…

ま、そんなことを考える39歳のお誕生日なのであります。

4 件のコメント

  1. ゆっき より:

    『今日はりっちゃんの誕生日だ!
    はて、いくつになったんだったけ?』
    毎年同じ事を思ってます。

    何のために生まれてどう生きるのかなんて
    普段あまり考えて生活してないけど、
    毎年同じ事を思ってます。

    りっちゃん、
    生まれてくれてありがとう。
    生きててくれてありがとう。

    お誕生日おめでとう!(*^^*)

    • あこまる より:

      ゆっきー! アタシもゆっきーに出会えてよかったよー!
      んでもって周りの人がみんな、ニュース見てアタシの誕生日を思い出してくれるのが
      これまた嬉しいですわ(´∀`*)ウフフ

      「何のために生まれてどう生きるのか」

      そんな小難しいことを考えるのは、1年に1回ぐらいでちょうどええねんって(笑
      それが1/17でも 3/11でもええと思う。
      でもたまーにそれを考えないと、生きてることに対するありがたみも
      あんまり感じられへんかもしれんよね^^

      ゆっきーと出会って随分たつけど、これからもすえながーくよろしくね! :chu:

  2. マダ・ガナ より:

    ミクシイから辿ってこちらのブログにたどり着きました。
    HPのデザインがとても見やすい上、内容も素晴らしくて感激しています。

    私は千葉県在住なんですが、震災以降、人間関係ががらりと変化して
    しまいました。

    大阪在住のマイミクさんは「断固瓦礫受け入れ反対」とデモ参加してるか、
    無関心な上にデマを流す(放射能汚染関連)方ばかりになっていまいました。
    私は震災前から占星術の勉強をしていたこともあって、震災後は不安から
    頼られることも多く、できる限りの知識を得て友人と共有して、皆さんに
    は人間性を見失わない行動をしてもらいたいと願って活動していましたが
    、結局は「自分が助かれば良い」という想いだけで私にすがっているのかと
    感じて絶望的な気分になっていたこの一ヶ月でした。


    大阪の方でもこんなに素晴らしい主張をネットでされている方がいると知って、
    私も勇気づけられました。

    これからも私にできることをやっていこうと思えました。

    素晴らしいブログをありがとうございます。
    これからも楽しみにしています :kira:

    • あこまる より:

      わざわざありがとうございます^^

      人のつながりっていうのは 意外にもろくて 儚いものですよね
      「いざ」という時にならないとわからないことも多くて
      今回みたいな震災の場合は、事が起こってすぐはみんな助け合えるんですが
      ほとぼりが少し冷めた頃が一番 人となりがでるというかなんというか。
      残念ながら、神戸の時にそれをたっぷり感じたので
      私はなるべく 常に嘘がないように生きようと思ってます。

      とはいっても、このブログはただ単に
      「自衛隊好きなおばちゃんの見学日記」
      になってますけど(笑

      これも何かのご縁ですから、ちょくちょく遊びにきてください :love:

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